ブラウザの設定で JavaScriptを有効にして下さい! 京都府立山城総合運動公園
京都府立山城総合運動公園(太陽が丘)
京都府立府民スポーツ広場(みどりが丘)
公益財団法人 京都府公園公社
お問い合わせ 宇治市広野町八軒屋谷1
TEL 0774 - 24 - 1313
● 太陽が丘・みどりが丘は、建物内 (食堂の一部を除く) は「禁煙」です
● 入園料金:無料 / 駐車料金:バス等の大型車 1500円、他自動車(二輪車を除く)400円
● 入園から30分未満で、同一ゲートから退園される場合の駐車料金は無料です
● 開園時間:4月・9月 9時~18時 / 5月1日~8月31日 9時~19時 / 10月1日~3月31日 9時~17時
● 犬(身体障害者補助犬を除く)及びペットの連れ込みや、公園内での火気の使用はお断り致します
自動体外式除細動器
山城総合運動公園の変遷

面積は約108ヘクタール(甲子園球場のおよそ27倍)で、このうち東半分は陸上競技場、野球場、球技場など芝生を基調とした運動施設ゾーンとし、西半分は既存の樹林地を保全・活用した遊びの森、冒険の森等からなるレクリエーションゾーンとなっており、両ゾーンを区分する中央線上に路線バスが運行する幹線道路を配し、その中央部にバス停や公園センター(管理・便益施設)を設け利用者の便宜を図っています。
 また、平成8年度には、太陽が丘に隣接して宇治市植物公園が開設され両公園が一体となりスポーツ・文化を含めた総合的なレクリエーション活動の拠点として利用されています。  「太陽が丘」は宇治市近郊にあって、もともと「折居官山」という名称で府民に親しまれていた国有林でした。
 この「折居官山」の歴史を「宇治市史」から略記すると、貞観8年(865年)の記録に折居官山という名称が見られ、古くから別名を「御林山」と称する朝廷所有の山林となっておりましたが、明治2年の廃藩置県により官林に、明治22年には国有林となり今に存続してきました。 
 また、この地は、宇治市街地に隣接し、標高も80~150m程度の丘陵地からなり、このような地理的条件から、日本経済が高度成長期に入った昭和30年代以降は、各種開発の適地としてみなされてきました。その後、昭和40年~50年代に至り、京都府南部地域においては、都市化の進展と人口の急増がみられ、所得の向上、余暇の増大等の社会経済状況の変化とあいまって、この地域のスポーツ・レクリェーション需要は急速に増大しました。
 このような状況のなか、昭和53年に京都府により「折居官山」の地にスポーツ・レクリェーション活動の一大拠点となる大規模公園(山城総合運動公園)の建設が計画されました。
 これを端諸に、昭和53年には公園基本計画が策定され、翌昭和54年には都市計画公園の決定、同事業認可及び保安林の解除等の手続きがとられ、昭和55年5月に工事が起工される運びとなりました。
 また丁度この時期に、昭和63年の「第43回国民体育大会」の京都府開催が内定し、国体競技会場としての整備も念頭に置かれたため、公園施設は府の最重点施策に位置づけられ、急ピッチな事業の進捗が図られました。
 このようなことから、昭和57年3月には早くも陸上競技場、第2競技場、球技場、公園センター等の施設が完成し、公園の一部開園がなされました。その後、野球場、テニスコート、ファミリープール、競泳・飛び込みプール、体育館など運動施設や公園全体の約半分を占めるもともとの自然林を活用した「遊びの森」「ふるさとの森」「冒険の森」などの整備が逐次進められました。
 平成3年には、公園隣接地において「第42回全国植樹祭」が開催されましたが、平成4年にこの会場跡地が「府民ふれあいの森」として整備され、公園区域に編入されました。以上のような経過を経て、平成4年にほぼ現在の形で完成し、以来、各種スポーツの活動の場として、また、憩いや散策、野鳥の観察など多様な屋外レクリェーション活動の場として、年間約100万人の府民に利用されております。
 なお、昭和63年の「京都国体」では、夏季大会のメイン会場として競泳・飛込競技が、秋季大会ではサッカー、ソフトボール競技がまた、平成9年京都府開催の「全国高等学校総合体育大会」ではサッカー、バスケットボール、水泳競技が当公園で開催されました。
 また、当公園は、昭和60年度の「全国都市公園コンクール(設計部門)」及び昭和63年度の「同コンクール(管理運営部門)」のそれぞれにおいて建設大臣賞を受賞したほか、平成元年には、「日本の都市公園100選」に選定されております。

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